｢起業計画｣第1回実験内容
担当 大野 髙裕
実験の狙い：
企業が実際にビジネス活動を行なっていくにあたっては，まず様々な経営資源を集め，これをシステマティックに組み合わせ，これをバランス良く動かしていくことが必要です．例えば，いくら優れた機械を設置しても，これを操作できる人員がいなければどうにもなりませんし，加工すべき材料がなければ生産はできません．またたとえ，ある製品が完成したとしても，これを販売するためのシステムがなければ，無駄な在庫として山積みされてしまうのがオチです．
しかし，それだけでは不十分です．企業は自分の思い通りに行動できるわけではありません．お客さんを無視すればモノは売れませんし，ライバルがいればこれらと競争しなければなりません．このように企業には与えられた条件である経営環境を考慮し，これに対応していかなければなりません．
このように，私たちが学ぶ経営システム工学の対象である企業は，経営資源や経営環境など様々な要因が複雑に絡み合って成り立っているのです．そこで，この実験では企業がどのような要因から構成され，また関係づけられているかということを理解するために，私たち自身が企業を始める，つまり「起業」するという立場に立つと想定し，そのために必要な事項を考えてみることにします．
企業を始めるということを想像するのは，まるで雲をつかむ話のように思うかもしれませんが，この実験では，大変簡素な企業を想定することにします．ほんの小さな飲食店を開いてみることを考えるのです．ラーメン屋，そば屋，カレー屋など私たちが日頃利用しており，その生産・販売のしくみがほとんどわかっているような小さなお店を取り上げます．これのオーナーとして店作りを計画します．このような規模，身近さであれば，私たちでも十分に起業計画を立てることができます．たとえ，小さな規模であっても企業を始めるのですから，いかに利益を確保するか，倒産しないようにするかといった経営者としての責任があります．その責任を果たすべく，何を考慮すれば利益を多くすることができ，また何を経営のポイントとして押さえておけば潰れずにすむか，という視点に基づいて起業計画を立ててもらいます．
企業を立ち上げ運営するには，いったいどんなものを用意し，何を考慮しなければならないか？
その答えを習得することが今回の実験テーマである｢起業計画｣の狙いです．具体的には，この実験を通して，次の項目を理解し身につけることになります．
（１）経営の4要素 Man ,Machine ,Material ,Money(4M)の意義
どのような業種業態であっても，4Mを組み合わせなければビジネス活動は展開できません．言いかえれば，経営に必要な様々な経営資源はこれら４つの基本的な枠組みの中に納まってしまうということです．この4Mそれぞれの役割と具体的な構成内容について確認します．
（２）需要と供給（生産・販売）能力のバランスの重要性
お客がいなければ作っても無駄となって損失を出し，またお客がいても作らなければ販売チャンスを失い，利益を逸します．このバランスがうまく取れれば，利益を最大化することができます．そこで，お客として販売対象となる需要量はいったい何によって左右されるのかをまず確認します．また，生産能力を測定するには，製品1単位を作るのにどれだけの材料や設備を必要とするかを示す｢原単位｣というものが必要ですから，これを設定する方法を学びます．この原単位を基に，ある生産設備を考えたときの生産能力を測定する方法の基礎を習得します．併せてどちらが利益を左右する鍵となるかを理解します．
（３）企業経営全体を測定し分析する決算書の役割
起業するにあたって必要な経営資源は金銭によって準備しますから，経営資源を金銭的に評価することが必要となります．また経営資源を準備するのにどのような資金源で賄うかを考えることも求められます．これら必要な経営資源の種類と金額，および資金源の種類と金額をまとめた書類を「貸借対照表」といいます．また，営業活動を始めれば，どれだけ売れて，どれだけそのための費用がかかったかという金銭的な事実が出てきます．これらをある期間（１ヶ月や１年）についてまとめ，その間の利益を算定した書類を｢損益計算書｣といいます．これら2つを合わせて，｢決算書｣といい企業経営の全体像を把握する重要な情報となりますので，これらの簡単版を作成し，その意味を理解します．
（４）経営政策と経営環境条件の意義
利益を高めるためには売上を増加し，費用を引き下げることが必要ですが，そのために立てる具体的な方策を経営政策といいます．これは経営者がコントロール可能であり，意思決定できる手段である訳ですが，それらにはいったいどのようなものがあり，またこれらの影響が何にどれくらい及ぼされるかについて把握します．また，材料・設備の値段やお客の嗜好など，逆に経営者にはコントロールのできない経営上の制約があります．これらを経営環境条件といい，その影響についても理解します．
実験内容(第1回)
1.概要：
それぞれの班において，自分たちが起業(模擬的に)したい飲食業を決定し，これに基づき，どのようなお客を対象にどれくらいの規模の店舗を経営するかを設定します．ここで，需要量は提供される料理(ラーメン，スパゲッティ，天ぷらなど)の値段，立地，店の戦略（コンセプト，事業戦略，オペレーション戦略）によって存在する数が異なるとします．また，店舗の規模については，一定時間にどれくらいの客数が見込めるか(需要量)ということと，その客数をどれだけさばけるか(生産販売能力)，すなわち実際に来店し食事をするであろう客数(販売数)が決定要因となります．
次に，設定した飲食店の種類や店舗の規模によって，店を構えるにあたり，どのような経営資源の種類が必要であるか，またそれらを購入するためには，どんな資金源が利用可能であるかについて検討します．つまり，店舗の設備等としてはどのようなものを用意しなければならないか，またそのためのお金はどうやって用意するのかということを考えます．
さらに，毎日の営業活動を行なうのに必要な経営資源を考えます．料理を作って販売するのですから，様々な材料はもちろん，こまごまとした消耗品等も必要となります．これらをリストアップし，客数に応じた1日分の消費量を算定します．これによって，営業活動に必要な経営資源の種類と所用量が求められ，売上と費用算出の基礎ができあがり，第2回に予定している金額的に測定した経営規模と利益の算出のプロセスへとつなげます．
２手順：
2.1.与件事項
この起業計画では，次の事項が計画上，すでに設定されている条件として与えられているものとする．
（１）起業計画の前提条件
a) 業種：飲食業であり単品料理のみ（飲み物とのセットは可能）作っている．ただし，客は店舗内で飲食し、テイクアウトはしない
b) 規模：店舗面積は６６㎡(20坪)以内とする
c) 立地：どこでも構わないが需要が立地条件に影響される，立地条件は家賃㎡(坪)単価金額で評価され，これが需要と連動するものとする
d) 来客行動：1品のみ購入し，店での食事時間は料理価格に対する増加関数とする
e) 営業時間：月曜日－金曜日(週5日) 11:00-21:00（１日10時間）
ただし，営業時間の他に，仕込みのために開店前２時間、片付けのために閉店後１時間が必要となるので，業務の時間は9:00～22:00（１日13時間）となる．これを一人の従業員が行うのは労働条件的に問題となるので，同じ人が一日8時間以内の勤務になるようにすること．
f) 社長：班の中で最も若い番号の者が社長を務め，リーダーとして話し合いや役割分担を決定する．他の班員は社長の指示に必ず従うこと
（２）需要の状況
（ａ）需要は時間帯によって変化する
図1.時間帯による客需要の変化(料理価格400円，家賃：坪単価2万円の場合)
（ｂ）需要は料理価格に対する減少関数である
図２. 料理価格xによる需要量比Dの変化（料理価格400円を基準とする）
計算例(料理価格800円の時)
D=N[1/Exp[(800/400)-1]]
＝0.367879
（ｃ）需要は立地によって異なるが，家賃（坪単価）に対する線形関数である
家賃zによる需要量比Dの変化（家賃（坪単価）2万円を基準とする）
（ｄ）もしも各グループが作成したコンセプト・事業戦略・オペレーション戦略が，教員・ティーチングアシスタント（TA）による評価において優秀と認められれば，オフピーク時（14時台から17時台）の需要量が標準の需要設定(a)に比べて４倍増加する特典(ボーナスポイント)を与える．
2.2.料理の種類の選定・戦略の策定
班グループ内の話し合いによって，どの料理を扱う店舗にするか決定する．その際に，店の戦略として，コンセプト，事業戦略，オペレーション戦略を立て，事業概要のイメージを作りなさい．
コンセプト：
「自分たちの店舗がどんなお客さんにどのように食事を楽しんでもらいたいか」
事業戦略：
「コンセプトを実現するために，どのような食事，価格帯，立地，サービスなどを提供する事業(ビジネス)を行うのか」
オペレーション戦略：
「事業を実現するためにはどのような具体的生産・販売活動が必要か」
（具体例はExcel上の「第１回演習雛形」の掲載してある）
2.3.店舗の立地・規模の設定
店舗の規模を考えるには，需要を前提としなければならない．
一般に需要は，
(1)時間帯
(2)立地
(3)販売価格
によって，大きく左右される．標準的な状態（立地，価格）における時間帯ごとの需要は，すでに棒グラフで資料としてテキスト図．１に与えられているので，これをスタートラインとして，
(1)店舗をどこに立地するか
(2)料理の価格をいくらに設定するか
をまず定めなさい．立地についてはいくつかの候補（３つ程度）を挙げなさい．これらによって，自分たちが開店する店舗に対する需要が定まることになるが，この場合すべての需要を店舗で引き受けられる，すなわち店舗の生産販売能力が無限大ならば，この需要量をすべて獲得した客数(販売数)となる．
ところが，生産販売能力を無限大にするということは，それだけの設備の大きさや従業員数を必要とするわけであり，時間帯によって需要が変動する一方で，店舗の供給能力，すなわち生産（作る）して販売（客席で食べさせる）する能力は固定的であることから，店舗の能力に遊びが発生し，採算的に大きな問題となる（すなわち，倒産してしまう）．そこで，自分の店舗では需要のうちどれだけの客を取り込むことができるかを決める供給(生産・販売)能力を準備するのかを設定する．
供給能力がどのように決まるかを考えてみる。
それにはまず1時間当りの「接客可能数」がキーとなる．この「接客可能数」とは，店側としてお客に①料理を作って（生産）②客席で食べさせることができる（販売）「数」である．作る能力があっても客席を提供する能力が足りなければ、実際に客は食べることができない。また逆に作る能力がなければ客席があっても，客は食べることができず、店としては売上を実現できない．
この１時間当り接客可能数は，
1時間当りの接客可能数＝客席数× 1時間当り客席回転数
(200人) (20人) (10回転)
で求めることができる．客席数は店舗の広さ(坪数)に関わるものであり，まずこの店の坪数と客席数を定めてみよう．また1時間当り客席回転数は客の店舗での滞留時間に関係するものである．すなわち，
1時間当り客席回転数＝1時間／客の滞留時間
（10回転） (60分) (6分)
となる．客の滞留時間は前の客のテーブルの片づけが済み，注文してから作り，客が食べ終わってから席を離れるまでの時間である．この場合，滞留時間の支配するのは，
（１）食事時間
（２）調理時間
のどちらかである．飲食店では調理(生産)して，それを客が食事(販売)するという順序となっているので，調理時間と食事時間の方が長いがネック工程となる．例えば，調理時間が食事時間より長ければ客は待たされ，その逆であれば調理師が手待ちとなってしまう．したがって長いほうの時間を客の実際の滞留時間とする必要がある．そしてこれに基づいて計算された結果が店舗の供給(生産販売)能力となる．
(1) 食事時間
食事時間は客が席を占有している時間であり，「前の客の片付け＋注文＋食事」の時間を含んでいる．この実験では，料理が高ければ客はゆっくり食事すると考えて，食事時間を次のような料理価格の関数（食事時間指数）で表せるものとする．なお、店側の片付け時間と客の注文時間も料理の値段が高ければ念入りになると考えて、料理価格の関数に含める．
図３. 料理価格xによる食事時間比Tの変化
（料理価格400円の時食事時間10分を基準とする）
計算例(料理価格800円の時)
((800/400)^1.5)*10
＝28.2843(分)
(2) 調理時間
これは客に提供する「個々の料理を調理する時間」と「全体の仕込み時間」から構成されるが、この実験では「全体の仕込み時間」は開店前の準備時間２時間に含まれていると想定する．一方、「個々の料理を調理する時間」については，それぞれの料理の作業内容をピックアップして料理手順を考えて，その要素時間を単純に合計すれば求められる．
2.4.店のレイアウトの設定
店の広さは２０坪(66㎡)以内の大きさで，その形状や店の中のレイアウト(厨房の大きさや位置、客席の数や配置)などを決める必要がある．これを配布した方眼紙に手書きで，面積にあわせて間口と奥行きの長さおよび店内レイアウトを作成しなさい(方眼紙1cm目盛を実寸50㎝で示すこと)．また，作成したレイアウトは第２回目の授業でも必要となる．（第１回実験終了時にTAが保管し，第２回開始時に返却する）
2.5.開店準備に必要な経営資源のリストアップ
店舗が営業を開始する前日くらいまでの間に用意しておくべきものには何があるだろうか．4Mのうち，Machine ,Manすなわち設備・器材，人材がここで検討されることとなる．
設備・器材については厨房内のものについてはよくわからないであろうから，これについては割愛し，お客さんが使うフロアでの備品についてリストアップしなさい．
人材については，飲食業を行なうにあたりどのような職務が必要であり，それはどのような能力を要求するか，それに見合うのはどのレベルの人材(資格，年齢など)であるのかを検討した上で，職種ごとの必要人員数と賃金相場に基づく給与額と雇用する人数を示しなさい．
2.6.営業活動に必要な経営資源のリストアップ
開店後，毎日の営業を行なうためには，どのような経営資源が開店準備時に考えたもの以外にあるだろうか．それは4MのうちのMaterialすなわち材料・消耗品である．これは料理の種類によって大きく異なる．これらに関する項目をすべて列挙し，１食あたりに必要な量を求めなさい．
2.7.経営資源を賄うための資金源のリストアップ
開店準備や営業活動を円滑に行なうためには，そのための資金が必要であるが，これをどこから準備することが可能であろうか．自分たちの資金源として考えられるものとその調達可能金額を示しなさい．
3.提出および宿題 (授業時間内に完成しなかった場合)
完成したExcelファイルをグループとして１つMoodleの指定フォルダに提出する．なお，ファイル名は例示のようにすること．
（例：1-A班の場合 "01a.xlsx" ）
また，授業終了時にお店のレイアウト図(方眼紙)をTAに提出すること．
もしも，本日の授業時間内に作業がすべて終わらなかった場合には、第2回実験で必要となるので，経営資源（備品，人材，材料，立地）に関する価格単価を社長の指示に従って分担して調べ，完成したものを今週金曜日の正午までに，Moodleの指定フォルダに提出すること．
以上